フィリポは、「来て、見なさい」と言った。
ヨハネによる福音書1章46節
アンデレたちは、師であるバプテスマのヨハネが主イエスを指さして、「神の小羊だ」と証言する言葉を聞き、主イエスのもとに行った。主イエスに従ったアンデレは、早速、兄のシモン・ペトロに「私たちは救い主に出会った」と話した。後に、初代教会の指導者の一人となったペトロは、アンデレに誘われて主イエスのもとに行ったのである。
フィリポは友人ナタナエルに会って、ナザレの人イエスが救い主であることを証言した。しかし、ナタナエルはフィリポの証しに対して、冷ややかに「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言い放った。救い主について彼なりの固定観念を持っていたからである。そこで、フィリポはナタナエルに「来て、見なさい」と言って、彼を主イエスのもとに誘った。
イエス・キリストや教会に対して偏見や固定観念を持っている人は多い。主イエスを道徳の教師と思い込み、その厳しい教えにはついてゆけないと拒否する人、主イエスを貧民の救済者であると断定し、教会がそういう活動をしていないと批判する人などである。日本では、近年、人を騙したり、殺したりする宗教もあって、宗教に偏見や反感を持つ人が大勢いる。偏見や固定観念を持っている人に主イエスを証しするにはどうしたらよいか。反論したり、うまく答えようとするよりも、フィリポが今日の聖句で言ったように、「来て、見なさい」と言うのがよい。教会に誘って、神を礼拝し、神を喜ぶ私たちの集まりを、自分で確かめてもらうのがよい。
著者:内藤淳一郎 (1999年〜2014年 当教会主任牧師)
2020年にクリスチャンプレスに掲載されたご本人のインタビューを下記のリンクよりお読みいただけます。 https://christianpress.jp/naitou-junichiro/
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この朗読は『一日の発見 365日の黙想』の著者、内藤淳一郎氏の許可を得て、日本バプテスト連盟西川口キリスト教会が作成し毎日発信しております。