11月9日
起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。
ヨハネによる福音書5章8節
エルサレムにベトザタと呼ばれる間歇泉の池があった。時々湧き出る鉱泉が病気を治すと聞いて、大勢の病人が池の周りにある回廊に寝起きし、水が動くのを辛抱強く待っていた。この回廊を訪ねた主イエスは、そこに三十八年も横たわっている一人の病人に目を留められた。主イエスの愛は失われた一人の人に注がれる。
この病人は主イエスに、「わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、他の人が先に降りて行くのです」と嘆いた。水が動くと、すばしこい者が我先にと池に向って突進するのであろう。回廊で一緒に暮らしてはいるが、互いに競争相手であり、他人のことまで構っておれないのである。しかも、彼は競争社会の中で自分は駄目だと絶望していた。「ベトザタ」は私たちの現実の世界である。
この世界に、主イエスが来て、「人の子は、失われた者を捜して救うために来た」(ルカ 19:10)と言われる。主イエスは病人に「良くなりたいか」と言い、彼の中に治りたいという願いを引き出して、今日の聖句を語った。その言葉に促されて病人は立ち上がり、歩き出した。彼は自分にかかわってくださる主を知り、その言葉に従って行動した。その時、彼は真に生きる者となった。自分の不幸に横たわっていた人間が自分の足で立って歩む者となった。このように、病んでいる者に近づき、かかわってくださる主イエスに出会い、主の言葉を聞いて従う時、真に生きる人生が始まる。主イエスの言葉を聞いて、主に信頼して行動することが信仰である。
著者:内藤淳一郎 (1999年〜2014年 当教会主任牧師)
2020年にクリスチャンプレスに掲載されたご本人のインタビューを下記のリンクよりお読みいただけます。 https://christianpress.jp/naitou-junichiro/
朗読はすべて教会員によるものです。文章と音声の転用はご遠慮ください。
この朗読は『一日の発見 365日の黙想』の著者、内藤淳一郎氏の許可を得て、日本バプテスト連盟西川口キリスト教会が作成し毎日発信しております。