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朗読 『一日の発見 365日の黙想』9月26日

9月26日

ペトロはろうに入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。

使徒言行録12章5節

 ローマの手先と言われたヘロデ王は、使徒ヤコブの殺害がユダヤ人に喜ばれたのを知って、さらにペトロをらえ、ろうに入れた。彼はユダヤ人の人気を得るために手段を選ばなかった。しかし、ヤコブが殺害され、ペトロが同じ運命になることは、教会にとって大きな打撃であった。教会は小さく、無力で、権力に対抗する力も手立てもなかった。何の手立てもない教会は、天に目を向けて神に祈った。今日の聖句は、困難の前で神に祈るしかない教会の姿を伝えるとともに、祈りこそ、困難に立ち向かう教会の武器であることを語る。投獄されていたペトロは主の使いによってヘロデの手から救い出された。ペトロは皆が祈っている「マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家」(12節)の教会に行き、救い出された次第を報告し、そして、他の場所に出かけて行った。神はヤコブの場合には、その死をゆるされたが、ペトロには天使を送って危機から救った。
 祈れば、神は私たちの願い通りに実現されるということではない。祈りは、私たちの願いを申し上げるとともに、神に信頼し、委ねるのである。主イエスはイザヤ書を引いて、「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである」(マタイ21:13)と言った。祈る教会こそ、真の教会である。祈りこそ、教会が人によってったのではなく、神によって成ったものであることを最もよく表わす。祈って待つことによって、私たちは神の御心みこころを知り、なすべきことを示される。祈りによって、私たちは神と結ばれ、神の働きのために整えられてゆく。


著者:内藤淳一郎 (1999年〜2014年 当教会主任牧師)
2020年にクリスチャンプレスに掲載されたご本人のインタビューを下記のリンクよりお読みいただけます。 https://christianpress.jp/naitou-junichiro/

朗読はすべて教会員によるものです。文章と音声の転用はご遠慮ください。
この朗読は『一日の発見 365日の黙想』の著者、内藤淳一郎氏の許可を得て、日本バプテスト連盟西川口キリスト教会が作成し毎日発信しております。

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