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朗読 『一日の発見 365日の黙想』6月18日

6月18日

わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台をえました。

コリントの信徒への手紙一 3章10節 

 

 パウロは今日の聖句によって、教会の土台の重要さを語る。教会の土台はイエス・キリストである。熟練した建築家のように土台を据えるとは、「十字架につけられたキリストをべ伝え」(1:23)ることである。すなわち、十字架において体を裂き、血を流して人の罪をあがなったキリストの福音が正しく宣べ伝えられるところに、教会は建てられる。教会は十字架の主イエス・キリストを仰ぎ、死に至るまで父の御心みこころに従って歩まれた主イエスの後に従う者たちの群れである。主イエスは「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マルコ8:34)と言われる。教会は十字架の福音をべ伝え、十字架の道を歩まれた主イエスの苦しみにあずかって、神の愛を証しする。

 病気のいやしや奇跡を売り物にする教会、音楽などの楽しみばかりを提供する教会がある。これによって大勢の人を集めても、十字架の福音がべ伝えられ、十字架のキリストに従うことがないならば、それは教会とは言えない。教会の土台は十字架につけられたキリストである。この土台の上に建てられなければ、教会は神を人間の願望に従わせるご利益宗教か、苦難をいとうサロンになってしまう。
 ゆえに、パウロは今日の聖句に続けて、「おのおの、どのように建てるかに注意すべきです」と言う。彼はコリント教会の信徒たちに、教会の土台である十字架の福音にしっかりと立ち、神を自分の願望に従わせる「肉の人」でなく、十字架の主に従う「霊の人」となるようにと勧める。


著者:内藤淳一郎 (1999年〜2014年 当教会主任牧師)
2020年にクリスチャンプレスに掲載されたご本人のインタビューを下記のリンクよりお読みいただけます。 https://christianpress.jp/naitou-junichiro/

朗読はすべて教会員によるものです。文章と音声の転用はご遠慮ください。
この朗読は『一日の発見 365日の黙想』の著者、内藤淳一郎氏の許可を得て、日本バプテスト連盟西川口キリスト教会が作成し毎日発信しております。

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