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朗読 『一日の発見 365日の黙想』5月30日

5月30日

戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。

マルコによる福音書 13章7〜8節


 弟子たちはエルサレム神殿の壮大さに目を奪われていた。すると主イエスは、「この神殿は破壊されて、一個の石も他の石の上に積み残ることはない」と言った。彼らが驚いて、「そのことはいつ起こるのですか」と問うと、主イエスは今日の聖句を語った。
 主イエスはこの世界に戦争、地震、迫害などが起ることは決まっていると言う。「決まっている」とは神の必然を示す。私たちは悲惨な出来事が起ると、何故このようなことが起るのかと暗い気持ちになる。しかし、その原因が人間にあるにしろ、自然にあるにしろ、一切は神の御手の中にあると、主は言うのである。そして、これらのことが起こるのは世の終わりでも、終わりのしるしでもなく、神の国に生まれるための「産みの苦しみ」であると言う。神は悲惨な出来事によっても、人を「神の国」に招く。人は平穏無事な時よりも、苦難の時に、神に心を向けさせられるのである。
 主イエスは、この世の一切の出来事は神の支配の中にあり、神はこれらを用いて御業をなされることを語り、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」(13節)と言った。私たちは苦難の背後に神の意思があると信じて、希望を持って耐え忍ぶのである。仕事、子育て、介護、闘病など、今の場所を神に遣わされた場所として留まるのである。逃げ出したくなる時がある。その時、神を仰ぎ、神の支配とご計画を信じて、そこに留まり、与えられた役割を果たすのである。この世の終わりを語る主イエスは、決して隠遁いんとん者でも、この世を敵視する教師でもなく、最後までこの世を愛し通された方である。それゆえ、主を信じ、主に従う私たちにとって、この世の生活は決してどうでも良いものではない。


著者:内藤淳一郎 (1999年〜2014年 当教会主任牧師)
2020年にクリスチャンプレスに掲載されたご本人のインタビューを下記のリンクよりお読みいただけます。 https://christianpress.jp/naitou-junichiro/

朗読はすべて教会員によるものです。文章と音声の転用はご遠慮ください。
この朗読は『一日の発見 365日の黙想』の著者、内藤淳一郎氏の許可を得て、日本バプテスト連盟西川口キリスト教会が作成し毎日発信しております。

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