神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。
マルコによる福音書 10章24~25節
一人の人が主イエスのもとに来て、「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」と質問した。彼は裕福であったが、魂に渇きがあった。
主イエスは彼に、「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え」という神の掟を示した。彼はいとも簡単に「そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と答えた。神の掟は、彼にとって自分を高める手段であっても、神から自分の愛や誠実さを問われるものではなかった。彼は救いの確かさを神に求めないで、自分に求めていたのである。主は彼を慈しんで、「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい」と言った。主が彼に求めたのは、従うことである。財産を売り払って慈善をすれば、永遠の命を受け継ぐというのではない。主に従うことを妨げるものがあれば、それを捨てよというのである。彼はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。沢山の財産を持っていたからである。
主イエスは立ち去る彼の後ろ姿に目を注ぎながら、今日の聖句を語った。弟子たちは驚いて言った。「それでは、だれが救われるのだろうか」。主は言った。「人間にできることではないが、神にはできる」。持っているものを手放して、主に従うことは、私たちにできることではない。しかし、神はそうさせることができる。私たちに主イエスに従う信仰と、永遠の命を与えてくださるのは神である。それゆえに、私たちは日々、「主イエスに従う信仰と力を与えてください」と祈りつつ、歩む。
著者:内藤淳一郎 (1999年〜2014年 当教会主任牧師)
2020年にクリスチャンプレスに掲載されたご本人のインタビューを下記のリンクよりお読みいただけます。 https://christianpress.jp/naitou-junichiro/
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この朗読は『一日の発見 365日の黙想』の著者、内藤淳一郎氏の許可を得て、日本バプテスト連盟西川口キリスト教会が作成し毎日発信しております。