筑波バプテスト教会 高橋 秀二郎 牧師
それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、見つけ出してアンティオキアに連れ帰った
使徒言行録11:25-26
バルナバこそサウロ(後のパウロ)を見出して世に送り出した立役者です。使徒言行録4:36によると本名はヨセフですが、エルサレム教会の使徒たちからは「バルナバ」と呼ばれていました。その意味は「慰めの子」です。
ダマスコで回心したサウロは、エルサレムでキリスト者の仲間に加わろうと努めましたが、みな怖がって受け入れようとはしないときに、バルナバが使徒たちの所へ行って執り成しました。そのあと、サウロはユダヤ教の迫害を逃れて生まれ故郷タルソスに帰りました。
それから約10年後、アンティオキアには異邦人を中心にした教会が形成されていました。エルサレム教会からアンティオキア教会に派遣されたバルナバは、さっそくサウロを故郷から呼び寄せました。そして二人は伝道旅行を企てました。ところが第2回伝道旅行に出るとき、前に途中から脱落したようなマルコは連れて行かないと主張するパウロに対して、バルナバは若いマルコを放ってはおけずマルコを連れて別行動を取りました。その結果、マルコは立ち直り、のちにはパウロの良き協力者ともなり、最初の福音書「マルコによる福音書」を書き上げるまでになりました。
「慰めの子」の「慰め」というギリシャ語は「側へ助けを呼び寄せる」という言葉からなり、他に「懇願、励まし」という意味があります。バルナバのこの能力はどこから来たかというと、主イエスが遣わす聖霊です。その聖霊について生前のイエスはヨハネ福音書14:16で「弁護者」と言いました。この「弁護者」も先ほどと同じギリシャ語から成り、そばに呼び寄せられた者としての弁護者、助け主、慰め主、励ますお方なのです。バルナバはイエスの側に共にいて、慰め、励まし、執り成しを受ける経験をしたはずです。それが信仰の原点となって、名実共に慰めの子と言われるようになったのでしょう。教会にバルナバのような慰めの子が一人いれば幸いですが、いなくても、主ご自身が慰め主であることを忘れないようにしましょう。
アイキャッチ画像 Helga KattingerによるPixabayからの画像