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朗読 『一日の発見 365日の黙想』4月14日

4月14日

わたしは、バアルにひざまずかなかった七千人を自分のために残しておいた。

ローマの信徒への手紙11章4節


 パウロは外国まで行って伝道した使徒であるが、その心はいつも同胞イスラエルの救いにあった。同胞の多くはキリストによる神の救いを拒み続けている。パウロは痛む思いで「神は御自分の民を退けられたのであろうか」(1節)と問うた。しかし、ついに彼は「決して、そうではない」という確信を得た。その第一の理由は、「わたしもイスラエル人であり」、かつては教会を迫害していた自分が救われたからである。パウロはこの事実を思い、神はイスラエルを見捨てたのではない、必ず救いに導いてくださるという確信を得た。
 第二の理由は、列王記上十九章によって神の言葉を与えられたからである。すなわち、預言者エリヤが、イスラエルの民は預言者たちを殺し、自分の命をもねらっていると神に訴えた時、神は今日の聖句をもってエリヤに答えられた。バアルにひざまずかない七千人は、イスラエル民族のうちでは少数者であろう。しかし、パウロはこのみ言葉によって、「同じように、現に今も、恵みによって選ばれた者が残っている」(5節)という確信を与えられたのである。
 日本においても、キリスト者は少数であり、多くの人々が福音に無関心である。「神は民を見捨てたのであろうか」とは、私たちキリスト者の問いでもある。しかし、神にも福音にも縁がなかった日本人の私が救われたのである。これはただ神の恵みである。同時に、神がバアルにひざまずかない者たちを恵みによって選んだのは「自分のため」(4節)とある。神はご自分のために、神の恵みを証しする私たちを先に救われたのである。


著者:内藤淳一郎 (1999年〜2014年 当教会主任牧師)
2020年にクリスチャンプレスに掲載されたご本人のインタビューを下記のリンクよりお読みいただけます。 https://christianpress.jp/naitou-junichiro/

朗読はすべて教会員によるものです。文章と音声の転用はご遠慮ください。
この朗読は『一日の発見 365日の黙想』の著者、内藤淳一郎氏の許可を得て、日本バプテスト連盟西川口キリスト教会が作成し毎日発信しております。

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