もし、誰かが、「なぜ、そんなことをするのか」と言ったら、「主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります」と言いなさい。
(マルコによる福音書11章3節)
今日のお話には、力の弱い、早く走れない、見た目が美しいわけでもない、小さなロバが出てきました。周りの人は「あんな小さなロバ、役に立たないよ」と言い、小さなロバ自身も「自分なんて、何もいいところがないよ」と思っていたでしょう。それなのに、イエス様は「わたしの御用のために、あの小さなロバさんを呼んできて下さい」とおっしゃいました。「主がお入り用なのです」。こうして小さなロバは、イエスさまを背中にお乗せして、エルサレムにお連れするという、大事な働きをしたのです。
わたしたちは、この小さなロバのようです。人の目から見たら立派なことなんて何もできません。それにもかかわらず、イエス様は御用のためにわたしたちを呼んで下さるのです。イエス様の御用にはどのようなものがあるでしょうか。礼拝のためにも、見える御用、見えない御用がたくさんささげられています。何より、「礼拝に出席する」という大切な御用があります。教会の外にも、イエス様の御用はたくさんあります。「わたしには何もできない、祈る気持ちにもなれない」というとき、それをイエス様は一番ご存知です。その悲しみを一緒に背負って下さいます。与えられた状況の中でイエス様に叫びながら精一杯生きる、そのような使命をも、イエス様はわたしたちに与えられるのだと思います。
わたしたちは、どうしてイエス様の御用をするのでしょう。「わたしに力があるから」「わたしがやりたいから」ではありません。「イエス様が呼んでいるから」です。ひとりひとりに任せられる御用は違います。他人と比べず、どんな小さなことにも真剣に、イエス様の御用に向かわせて頂きましょう。