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主日礼拝宣教要旨

「信仰の闘いで知る賜物」 戸田 浩司

2026年5月31日(日)主日礼拝宣教要旨
聖書箇所:テモテへの手紙一 6章11節〜16節

信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。

テモテへの手紙一 6章12節

「信仰の闘い」とはどのようなものか、それを闘い抜こうとするときにどんな恵みや賜物が与えられているのかを3つの点から見ていきます。

一つ目の点は、私たちが「神の人」として、主からの賜物を追い求めるように召されていることです。パウロがテモテに追い求めるように命じた信仰や愛は、自分自身の力や努力で絞り出せるものではありません。私たちは霊的な賜物を日々追い求める「神の人」として歩むことが求められています。

二つ目の点は、「信仰の闘い」とは何か、そしてその最高の模範は主イエスであることです。ところで「信仰の闘い」は、どのような時に生じるのか。まず信仰に対して周囲からの理解が得られない時、孤独な闘いが生じます。また自分の弱さやこの世の誘惑によって信仰を試される時、信仰そのものが揺さぶられる闘いが生じます。さらには、私たちの想像や考えを超えてくる理不尽な出来事、悲しみ、不条理に直面した時、「神などいないのでは」と心が折れそうになる闘いが生じます。

このような困難な状況でも、最も立派に堂々と信仰の闘いを闘い抜かれた方こそが主イエス・キリストです。主イエスは弟子たちからさえも真に理解されず、福音が受け入れられないという闘いを、また荒れ野においてはサタンからの誘惑により信仰が試される闘いを、そして何の罪もなく十字架にかけられ、神からも見捨てられたと思える程の究極の理不尽と絶望的な状況のもとでも神の御心を貫き、信仰の闘いを闘い抜かれました。この主イエスこそが私たちへの最も大きな賜物です。

三つ目の点は、信仰の闘いの最大の拠り所は神であり、私たちは「一つの体」として信仰の闘いを闘い抜くように召されていることです。私たちはたった一人でこの過酷な闘いを闘い抜くのではありません。多様な私たちが主イエスを頭とする教会というひとつの体となることこそが、信仰の闘いを全うするために神様が備えてくださった賜物のうちの一つです。互いを必要とし合い、支え合い、信仰の闘いを闘い抜く教会共同体として歩んでまいりましょう。

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