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主日礼拝宣教要旨

「互いに愛し合いなさい」 朴 思郁 牧師

2026年2月1日(日) 主日礼拝 宣教要旨
聖書箇所:ヨハネによる福音書13章31-35節

「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」

ヨハネによる福音書13:34

 本日の聖書箇所は、最後の晩餐の席でイエス様が弟子たちに語られた言葉です。裏切り者ユダが出て行った後、イエス様は残された弟子たちに「互いに愛し合いなさい」という新しい掟を与えられました。愛すること自体は旧約聖書にもありましたが、イエス様はこれを「新しい掟」と呼ばれました。何が新しいのでしょうか。それは「わたしがあなたがたを愛したように」という部分にあります。イエス様の愛が、愛の新しい基準となったのです。
 第一に、聖書は「栄光と十字架」について教えています。ユダが裏切りのために出て行ったまさにその時、イエス様は「今や、人の子は栄光を受けた」と言われました。私たちは栄光と聞くと勝利や成功を思い浮かべますが、イエス様にとっての栄光は十字架への道と結びついていました。この世では自分を高めることが栄光とされますが、神の国では自分を低くし、他者のために仕え、命を捨てることが栄光なのです。十字架において神の愛が最も明らかに示されました。
 第二に、聖書は「新しい掟」の意味を示しています。イエス様は弟子たちの足を洗い、十字架で命を捨てるほどに愛されました。マルコによる福音書には12年間出血の止まらない女性の癒しが記されています。律法では「汚れた者」とされ、共同体から隔離されていた彼女を、イエス様は見出し、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われました。この言葉は彼女を共同体へとつなぎ直す派遣の言葉でもありました。排除された人を受け入れ、つなぎ直す——これがイエス様の愛です。
 第三に、聖書は「弟子のしるし」について教えています。「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」(35節)。神学的知識でも奇跡の力でもなく、互いに愛し合うことがキリストの弟子であるしるしです。この愛は私たち自身の力から生まれるものではありません。まずイエス様に愛されている者として、その愛を他者に分かち合っていく。それが「互いに愛し合う」ことの本質です。
 「互いに愛し合いなさい」という言葉は、今日も私たちに向けられています。イエス様の愛を日々受け取り、身近な人を大切にし、排除されている人に目を向けていきましょう。完璧な愛ではなくても構いません。弱さを抱えながらも、赦し合い、支え合い、励まし合う——そのような交わりの中にキリストの愛が現れます。私たちの教会が、互いに愛し合う交わりの中で、キリストの弟子であることを世に示す共同体でありたいと願います。

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