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主日礼拝宣教要旨

2021年1月3日(日) 在宅主日礼拝宣教要旨「わたしたちの願い」箴言30章1-9節

朴 思郁 協力牧師

神の言われることはすべて清い。身を寄せればそれは盾となる。

箴言30章5節

新年、あけましておめでとうございます!2021年、最初の主日礼拝を皆さまと共に捧げることを心から感謝を申し上げます。皆さまにおかれまして、すべてにおいて神様の恵みと祝福が豊かに注がれますよう心からお祈り申し上げます。本日は、新年礼拝に際して、箴言の言葉を通して、今年一年の私たちの信仰の姿勢を整えることができればと願います。本日の聖書から、今年一年の私たちの願いとして教えられることは何でしょうか。

まず、神の前で謙虚に生きることです。アグルは、賢者でありながら、自分に対して、「だれよりも粗野で、人間として分別もない」(2節)と言います。さらに「知恵を教えられたこともなく/聖なる方を知ることもできない」(3節)と言います。アグルは、賢者と呼ばれるほどの知識と名誉を持っていたと思われますが、いかなる人間であっても有限で狭隘な存在に過ぎないということを自覚していたことを、彼の告白から見受けられます。私たちは、この一年を始めるに当たり、何よりも私たちは有限な存在であることを自覚し、常に神の前で謙虚に生きることを願いたいと思います。

また、御言葉に信頼して生きることです。アグルは自分を支えている生き方、そして生きる知恵の根拠について次のように言います。「神の言われることはすべて清い。身を寄せればそれは盾となる。御言葉に付け加えようとするな。責められて/偽る者と断罪されることのないように。」(5,6節)。アグルは、弱くて惨めな存在に過ぎない人間が頼れる根拠は何なのかを示しています。それは、ほかならぬ神の言葉なのです。今年の私たちの願いとして、御言葉に信頼して生きることに心がけていきいたいと願います。

最後に、すべてにおいて神との関係性を大切にすることです。言い換えれば、私たちの生の営みすべてを神との関係の中で受け止めていくことです。あの有名な「アグルの二つの願い」(7-9節)は、自分の心も、身体もすべて神にゆだねて生きるという姿勢が示されています。まさに「生の全領域において」神を意識しながら生きることです。それは、いかなる場合にも、どんな状況においても、何よりも神との関係を大切にしながら生きようとする姿勢が示されているのです。皆さまの今年の歩みが主に豊かに祝され、恵みあふれる一年となりますよう心からお祈り申し上げます。


アイキャッチ画像 Susanne Jutzeler, suju-fotoによるPixabayからの画像 

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