ローマの信徒への手紙6章1−14節
「バプテスマ」を受けることは、どんな意味がありますか。
バプテスマは、キリストによって私たちの罪を贖い、永遠の命を与えてくださる神の救いに、神の恵みにより、信仰によって、あずかったことを、言い表すこと(信仰告白)です。
「わたしたちはバプテスマ(洗礼)によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。」(ローマ6章4節)
①「わたしたちはバプテスマ(洗礼)によってキリスト共に葬られ、その死にあずかるものとなる」とあるように、水の中に浸けられるバプテスマは、罪に支配されていた古い自分がキリスト共に死んで葬られたことを意味します。
②そして、「キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるため」とあるように、水の中から引き上げられるバプテスマは、死者の中から復活させられたキリストと結ばれて、神に向き合う新しい命に生きる者となったことを意味します。
「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。」(同6章8節)
なぜバプテスマは必要なのですか
イエス・キリストが教会に与えた宣教命令であるからです。
「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によってバプテスマ(洗礼)を授けなさい」。(マタイ28章19節)
私たちは心の中で「イエスは主です」と信じるだけでなく、公に自分の信仰を言い表して、復活の栄光にあずかる終りの日まで、主の御言葉に従って生きるのです。
私たちはバプテスマによって、死者の中から復活させられた主キリストに結ばれ、また、主にある兄弟姉妹と結ばれて、神に仕えて生きるのです。
「あなたがたの五体を不義のための道具として罪に任せてはなりません。かえって、自分自身を死者の中から生き返った者として神に献げ、また、五体を義のための道具として神に献げなさい。」(同6章13節)
キリストに結ばれる「バプテスマ」は、「キリストの体である教会」に結ばれて、神に対して生きる、永遠の命のスタートです。
バプテスマ(洗礼)の方法
*バプテスマの方法には、頭に水を滴らせる「滴礼」と、全身を水に浸ける「浸礼」があります。「バプテスマ」の原語は「洗う」ではなく、「水の中に浸ける」です。それで、バプテスト教会はバプテスマの方法として浸礼を大事にします。西川口教会は、浸礼を重んじますが、病床の人には「滴礼」をします。また、他教会で信仰を告白して滴礼によるバプテスマを受けた方が転入会をされる場合も、滴礼によるバプテスマを尊重します。
*教会の「信仰告白」に「アーメン(信じます)」と同意する人に、バプテスマを授けます。