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主日礼拝宣教要旨

2019年2月10日(日) 礼拝宣教要旨 「あなたの敵を愛しなさい」 マタイによる福音書 5章43-48節

前橋キリスト教会 奥田 稔 牧師

しかし、わたしは言っておく、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。

                        マタイによる福音書5章44節

私たちは他者との関係で起きるトラブルをどうしたらよいのかという問題を時として噴出させます。その時、自分の行動指針はどのようなものでしょうか。また他者を見る「人間観」はどのようなものでしょうか。
 明日は2月11日です。カレンダーには「建国記念の日」とありますが、キリスト教会のカレンダーには「信教の自由を守る日」と書かれています。敗戦20年後に「建国記念の日」として復活したこの日は、74年前までは「紀元節」と呼ばれ、天皇を神とし、また国の主として、また国民を天皇の子としていました。その結果、人間を差別し、女性の参政権もありませんでした。また日本国民を他国の人々より上に位置づけ、中国や韓国やアジアの人々を支配したのです。そこには日本人が「人」を「人」として見ていない、他者を自分と同じような価値がある人間として見ていない事実がありました。その時代にキリスト教会の中にも「日本的キリスト教」がありました。日本文化のへ適応ではなく、バアルという偶像に膝をかがめるあり方がありました
 イエスは律法に書かれている「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。」を引用し、その教えを超えることを強調するように「しかし、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われました。イスラエルにおいては「隣人」とは、同じ神への信仰を持つ同胞のことであり、神との契約共同体に入っている者のことです。したがってイスラエル人以外の人は「寄留する者」であって「隣人ではない」のです。「隣人」はここでは限定的閉鎖的な考えなのです。
 しかし、イエスさまは敵を愛することを教えるのです。つまりイエスさまの言葉は「敵を憎め」を否定するだけでなく、「隣人(同胞のみ)を愛せよ」の教えを乗り越えているのです。それはどういうことかと言えば、隣人愛の限界を破る言葉なのです。ここでは隣人と隣人でない者との区別そのものが撤廃され、愛の対象は何によっても制限されないのです。これは全く驚くべき発言です。自分の中にある他者に対する敵対意識を取り除くことが大切なのです。

 

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