2026年1月4日(日) 主日礼拝 宣教要旨
聖書箇所:コロサイの信徒への手紙3章9-11節
「古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。」
コロサイの信徒への手紙3章9-10節
2026年、新しい年を迎えました。教会の皆様におかれましては、すべてにおいて神の恵みと導きが豊かにあふれる一年となりますよう心よりお祈り申し上げます。今年の干支は丙午(ひのえうま)です。詩編の作者は「主は馬の勇ましさを喜ばれるのでもなく/人の足の速さを望まれるのでもない。主が望まれるのは主を畏れる人、主の慈しみを待ち望む人」(詩編147編10-11節)と語っています。自分の力で前進するのではなく、神への信頼こそが私たちの歩みを確かなものとします。新年礼拝として「新しい人を身に着ける」ということを共に考えたいと思います。
第一に、聖書は「新しい人を身に着ける恵み」を示しています。「古い人」とは神から離れた自己中心的な生き方です。私たちは過去の習慣や失敗に縛られ、「どうせ変われない」と思うことがあります。しかしパウロは「脱ぎ捨てなさい」と言います。これは自己改革の努力ではなく、神が私たちを本来の姿へと回復させてくださる恵みの業です。神が私たちを新しくしてくださる——この恵みへの信頼が、新しい一年の出発点です。
第二に、聖書は「愛されている子として日々新たにされる歩み」を教えています。マルコによる福音書は「神の子イエス・キリストの福音の初め」という宣言で始まります。イエスがバプテスマを受けられた時、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が天から聞こえました(マルコによる福音書 1章11節)。私たちもまた神から「愛する子」と呼ばれています。そしてパウロは「日々新たにされて」と語ります。新しい人を身に着けることは一度きりの出来事ではなく、毎日、主の恵みによって更新され続けることなのです。失敗しても神の愛は変わりません。
第三に、聖書は「キリストがすべてである現実に生きる」ことを示しています。コロサイ書は「キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられる」と宣言しています。今日、私たちは新しい年最初の主の晩餐にあずかります。主が定めてくださった主の晩餐を通して、私たちはキリストの愛を味わい、同時に教会共同体への思いを新たにします。「パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です」(コリントの信徒への手紙一 10章17節)。私たちは一人で歩むのではなく、キリストにあって一つとされた者たちと共に歩むのです。
午年を迎えた今年、馬のように自分の力で駆け抜けるのではなく、主を畏れ、主の慈しみを待ち望む者として歩みたいと思います。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコによる福音書1章15節)。新しい年、新しい恵み、新しい歩み——すべては主の御手のうちにあります。教会という共同体の中で互いに支え合いながら、主の恵みによって変えられていく一年を共に歩んでまいりましょう。