2023年4月23日 礼拝宣教要旨
ローマの信徒への手紙3章9-20節
「平和の道を知るために」中田義直牧師
「 正しい者はいない。 一人もいない。」
ローマの信徒への手紙3章10節b
パウロは十字架で無残に殺されたイエスを神の子と考えることができませんでした。万軍の主、力を誇ったエジプトを打ち、イスラエルの民を奴隷から解放してくださった神様の力を信じているからこそ、十字架刑で殺されたイエスを、イスラエルの民を救うメシヤ(救い主)と認めることなどできなかったのです。
しかし、復活のイエス様との出会いを通してパウロはその人生を 180 度変えることとなりました。使徒言行録 9 章にこう記されています。「「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。」 イエス様の語りかけはパウロを厳しく断罪し、恐れを抱かせるようには思えません。
イエス様が弟子たちに「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」と語られたように、パウロにも語りかけられたのではないでしょうか。イエス様は「裁く方ではなく、赦し、愛してくださる方だ」とパウロは気づいたのです。
パウロは、「正しい者はいない。一人もいない」という言葉を引用します。「一人もいない」とあるように、ここにはパウロ自身も含まれています。そして、「彼らは舌で人を欺き、/その唇には蝮の毒がある。口は、呪いと苦味で満ち、足は血を流すのに速く、その道には破壊と悲惨がある。彼らは平和の道を知らない」とは、教会を迫害していたときのパウロ自身の姿でした。
教会を迫害したパウロの熱心さ、それは、神様に愛されるための熱心さでした。そのようなパウロに対して、 イエス様は友のように語りかけられたのです。そして、イエス様の語りかけに心を開いたとき、パウロは平和の道を知るものとされたのです。愛されるために熱心に歩んできたパウロは、愛されている、自分のために命さえ惜しまず投げ打ってくださったイエス様の愛への感謝から熱心に福音を宣教する者となったのです。憎しみや怒りは人を動かす大きなエネルギーを生み出します。しかし、それは「平和の道を知らない力」となるでしょう。 しかし、感謝する心も大きな力の源となるのです。私たちもまた、神様への感謝を力の源とする人生を祈り求めていきたいと願うのです。