「あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。」
ペトロの手紙一 4章10節
朴 思郁 協力牧師
私たちの連盟の諸教会では、毎年2月をスチュワードシップ月間として守っています。
スチュワードシップを考える際に、幾つかの聖書の言葉からその意味を考えてみることは、私たちのスチュワードシップ理解を豊かにするために大変参考になると思います。例えば、ルカによる福音書12章にある「目を覚ましている僕」のたとえの中で、「忠実で賢い管理人」は、ギリシャ語で「オイコノモス」と言いますが、「家を管理する人」という意味です。使徒パウロは、「オイコノモス」が持つべき認識と姿勢を具体的に記しています。「こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。この場合、管理者に要求されるのは忠実であることです。」(コリントの信徒への手紙一 4章1,2節)
使徒ペトロの言葉を通して、まず、スチュワードシップの根拠について教えられます。「万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい」(7節)。もう一つは、スチュワードシップの本質についてです。それはほかならぬ、「愛し合うこと、もてなし合うこと」です(8、9節)。そして、スチュワードシップの実践として、「互いに仕えること」を勧めています(10節)。そして、最後に使徒ペトロが11節に強調しているのは、スチュワードシップの目的についてです。それは、ほかならぬ「神に栄光を帰すため」なのです。神の栄光を現すということは、「食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて」において、いわゆる「生の全領域において」神を礼拝する者として生きることです。
私たちは、神の教会に呼び集められた群れですが、それと同時に、この世に遣わされた群れでもあるのです。教会と関連する事柄だけではなく、私たちのすべてにおいて、神の栄光を現すために生きるという意識を改めて高めることこそが、スチュワードシップ月間を通して、私たちが期待することであると思われます。私たち一人一人が、神の恵みによって与えられたそれぞれの賜物を用いて、それぞれの遣わされたところで、誠心誠意をもって主に仕えていくことができればと願います。
アイキャッチ画像 Henning WesterkampによるPixabay