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主日礼拝宣教要旨

2022年4月10日(日) 在宅主日礼拝 宣教要旨「受難の予告」マタイによる福音書26章1-5節

「あなたがたも知っている通り、二日後は過越祭である。人の子は、十字架につけられるために引き渡さ れる。」

マタイによる福音書26章2節

西川口キリスト教会 石井 鉄也

 イエス様は、終末について、決して美しいとは言えない未来を預言しています。しかしながら、そのような 時代においても弟子たちに向けていつも「人の子」であるイエスを心に留めて忠実でいるようにと教え諭して います。弟子達への最後の説教を終えたイエス様は、「人の子は十字架につけられるために引き渡される」と、 自らの受難を予告しています。イエス様の受難について他の福音書ではこのように、自らの受難を預言する記 述がなく、非常にドラマチックな印象を我々に与えます。これは、イエス様自らが神の計画の成就のために十 字架につけられて殺されることを意味しています。  
 さらに、神様は過越祭の日にイエス様が十字架にかかり殺害されるという計画を立てておりました。過越祭 というのは、イスラエルがエジプトの奴隷状態から解放されたことを祝う祭りです。イスラエル人は小羊を屠 って食べ、その血を家の門の鴨居につけるように命じられ、小羊の血がついている家には裁きをくださなかっ たのです。我々は罪によって裁かれますが、罪から救うための犠牲の小羊が正にイエス様であるのです。イエ ス様は、罪が赦されるように、多くの人のために流される私の血、契約の血であると主の晩餐において弟子た ちに語っています。イエス様の流す血が、過越の小羊の血なのです。そのためにイエス様は過越祭の日に十字 架につけられなければならなかったのです。 
 イエス様の受難と復活について自分に示された今日の聖書の箇所を通じて深く向き合い考え、その中で改め て自分の弱さ、信仰の薄さに気づかされ、それでもこのような自分を励まして用いてくださるイエス様にあら ためて感謝して、2022 年のイースターを待ち望みたいと思います。

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