西川口キリスト教会 斎藤 信一郎 牧師
総合テーマ 「どう福音を伝えるか」
◆今回の学びの前提
前回の箇所26節で「 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。」とあります。エリサベトが妊娠して半年が経過した時期に天使ガブリエルがマリアに受胎告知をしたという意味です。それからマリアがエリサベトに会いに行き、今回の箇所の最後の56節から分かるように、彼女はエリサベトと一緒に3か月間滞在していますので、エリサベトの妊娠後9か月が経過していることになります。一般的に順調に育ったお腹の中の赤ん坊は10か月で生まれます。マリアはエリサベトが出産する直前まで一緒にいたことになります。そして57節には「さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。」とありますから、マリアは出産までは立ち会わずに何らかの理由のためにナザレに帰った可能性があります。今回の箇所は神の全能の力によって、奇跡としか言いようのない妊娠を体験した二人の女性に焦点が当てられています。
黙想のポイント
・エリサベトとマリアの会話には、聖霊によってでなければ語ることができない言葉が複数あります。それはどの言葉か。また、そこに秘められたメッセージを黙想しましょう。
◆マリア、エリサベトを訪ねる
1:39 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
1:40 そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。
1:41 マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、
1:42 声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。
>>>まず、エリサベトの胎内の子がマリアの挨拶を歓迎し、喜んだとルカは報告します。そして、これからエリサベトが口にする言葉は聖霊に満たされた状態での出来事だったことが語られます。そんなエリサベトが確信して口にしたのはマリアと胎内の赤ん坊が神に祝福されているということでした。
1:43 わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。
>>>驚くべきことに、エリサベトは、その胎内の子を「わたしの主」と、あたかも神さまであるかのように語っています。常識では考えられない会話が続きます。やはり聖霊に満たされた、聖霊主導の預言の言葉というべきでしょうか。
1:44 あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。
1:45 主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
>>>自分の夫のことがあったからでしょう、夫は天使の御告げを受けた後に口が利けなくなりました。しかし、マリアは自分の身に起きたことを信じただけではなく、親戚のエリサベトについて天使が告げたことをも素直に信じて、はるばるユダの町まで訪ねて来てくれました。そのマリアの信仰をエリサベトは聖霊に満たされて称賛しました。
◆マリアの賛歌
1:46 そこで、マリアは言った。
1:47 「わたしの魂は主をあがめ、/わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
1:48 身分の低い、この主のはしためにも/目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人も/わたしを幸いな者と言うでしょう、
>>>マリアの後半部分の「今から後、いつの世の人も」と語ることは普通はできないはずです。今回のことが千年以上の長きにわたって世界中の人々に知れ渡る出来事になることを理解していたかのような言葉です。やはりマリアも聖霊に満たされて、この賛歌を歌っていると言えるのではないでしょうか。
1:49 力ある方が、/わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、
>>>妊娠していることを十分に実感できないと思われるこの時期に、このように信じ切って語るマリアの信仰に教えられます。聖書の御言葉を私たちもこのように自分の人生のこととして喜び、受け止めることができるでしょうか。
1:50 その憐れみは代々に限りなく、/主を畏れる者に及びます。
1:51 主はその腕で力を振るい、/思い上がる者を打ち散らし、
1:52 権力ある者をその座から引き降ろし、/身分の低い者を高く上げ、
1:53 飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。
1:54 その僕イスラエルを受け入れて、/憐れみをお忘れになりません、
1:55 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、/アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
>>>旧約聖書のサムエル記1章~2章の内容と関連があると考えられています。サムエルの母ハンナはエリサベトのように子どもを授かりたいと願い続けていた女性でした。そんな彼女は祭司エリと出会い、エリが彼女のために執り成し祈ったのを受けて、それを信じて家に帰って行きます。そして、生まれて来る子を祭司として神に捧げることを決心するのです。どこかエリサベトとマリアを合わせたような信仰理解を持った女性です。そしてハンナから生まれるサムエルが、やがてイスラエルの初代の王様サウルや次の王ダビデに神の祝福を祈ることになっていきます。また、2章のハンナの祈りと今回の箇所のマリアの賛歌も共通点が多くありますのでご参照下さい。
1:56 マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。
分かち合いのポイント
・マリアたちのように聖書の預言を信じて行動することについて互いに分かち合いましょう。
参考)新共同訳旧約聖書428pサムエル(エリの弟子)記1章10~18節、26~28節、ハンナ(サムエルの母)の祈り2章1~11節
マリアの賛歌を曲にしたもの)バッハのマグニフィカートBWV243「わが心、主をあがめ」