2016年9月 祈祷会・教会学校 聖書箇所 9/04日 列王記下2章1-14節「エリヤを離れないエリシャ」
総合テーマ 預言者の使命
予備知識…~今回の箇所までの概略
22章)南北イスラエルが協力してアラムと戦うことになる。その時、預言者ミカヤが戦えば敗戦となることを告げるが、その預言を退けて出陣する。アハブ王は変装して出かけるが、運悪く敵の矢が防具の間から刺さり死亡し敗戦となる。そして、アハブの子アハズヤが王となる。アハズヤは父と同じく神の目に悪とされることを行い続ける。
列王記下1章)エリヤが病気を患ったアハズヤ王の下に遣わされ、偶像礼拝を止めないため、彼は癒されることなく死ぬことが告げられる。その治世は2年であった。
黙想のポイント
・今回の箇所はとても難解です。分からないことが多くありますが、聖霊の導きを信じて読んで行きましょう。ポイントはエリヤにどこまでもついて行こうとするエリシャの情熱です。それは主イエスが弟子たちに求める服従の情熱と似ているように思います。最後までエリシャがエリヤに見せる情熱に学びましょう。
◆エリヤ、天に上げられる
2:1 主が嵐を起こしてエリヤを天に上げられたときのことである。エリヤはエリシャを連れてギルガルを出た。
2:2 エリヤはエリシャに、「主はわたしをベテルにまでお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、二人はベテルに下って行った。
2:3 ベテルの預言者の仲間たちがエリシャのもとに出て来て、「主が今日、あなたの主人をあなたから取り去ろうとなさっているのを知っていますか」と問うと、エリシャは、「わたしも知っています。黙っていてください」と答えた。
>>>エリシャはエリヤが間もなく神によって取り去られることを知っていたようです。その上で彼はエリヤから最後まで離れないようにしていたことが伺えます。
2:4 エリヤは、「エリシャよ、主はわたしをエリコへお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、二人はエリコに来た。
2:5 エリコの預言者の仲間たちがエリシャに近づいて、「主が今日、あなたの主人をあなたから取り去ろうとなさっているのを知っていますか」と問うと、エリシャは、「わたしも知っています。黙っていてください」と答えた。
>>>同じことが二度起こり、ベテルに引き続き、エリコに来た時も預言者たちがエリシャにエリヤが今日の内に取り去られることを告げます。その時、エリシャは同じように知っていると告げ、このことを黙っていてほしいと告げます。
2:6 エリヤはエリシャに、「主はわたしをヨルダンへお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、彼らは二人で出かけて行った。
2:7 預言者の仲間五十人もついて行った。彼らは、ヨルダンのほとりに立ち止まったエリヤとエリシャを前にして、遠く離れて立ち止まった。
>>>>エリヤは今度はヨルダンへ行くと告げ、今度は50人の預言者仲間もついて行きますが、一定の距離をエリヤとエリシャとの間に置きました。
2:8 エリヤが外套を脱いで丸め、それで水を打つと、水が左右に分かれたので、彼ら二人は乾いた土の上を渡って行った。
>>>エリヤの並外れた神から授かっている力が示されます。モーセが紅海の水を二つに分けた時を連想させるような出来事が起き、二人はヨルダン川を水に濡れることなく渡ることができました。
2:9 渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。「わたしがあなたのもとから取り去られる前に、あなたのために何をしようか。何なりと願いなさい。」エリシャは、「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と言った。
>>>エリヤも主が間もなく彼を取り去られることを理解していたことが分かります。そしてエリシャにその前に何かできることはないかと尋ねます。するとエリシャはエリヤの霊の二つ分を受け継がせて欲しいと頼みます。霊の二つ分とは何を意味するのか定かではありませんが、聖書教育誌が取り上げているように、当時長男が相続することが赦される相続分に該当する額だと考えることもできます。
2:10 エリヤは言った。「あなたはむずかしい願いをする。わたしがあなたのもとから取り去られるのをあなたが見れば、願いはかなえられる。もし見なければ、願いはかなえられない。」
>>>なぜエリヤがこのようなことを言ったのか不明です。
2:11 彼らが話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った。
2:12 エリシャはこれを見て、「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫んだが、もうエリヤは見えなかった。エリシャは自分の衣をつかんで二つに引き裂いた。
2:13 エリヤの着ていた外套が落ちて来たので、彼はそれを拾い、ヨルダンの岸辺に引き返して立ち、
2:14 落ちて来たエリヤの外套を取って、それで水を打ち、「エリヤの神、主はどこにおられますか」と言った。エリシャが水を打つと、水は左右に分かれ、彼は渡ることができた。
>>>瞬く間にエリヤは天に引き上げられますが、エリシャの外套が落ちてきます。エリシャは神に祈り、その外套でヨルダン川をエリヤのように打って見ると、果たして彼が願っていたように水は左右に分かれ、無事渡り終えることができました。エリヤの後継者としてエリシャが宣教する時が来たと言うことでしょう。
>>>今回の箇所でエリヤは3つの場所に行きます。ベテルとエリコとヨルダン川です。これら三つに共通する特徴は何でしょうか。ベテルは信仰の父と言われるアブラハムがカナンの地に足を踏み入れた時に真っ先に主の祭壇を築いた特別な場所であり、その孫ヤコブ(後にイスラエルと名乗る)が神と契約を結び、信仰の継承を行っていく場所です。エリコはヨシュアがモーセの後継者として立てられた直後、神の導きに従ってカナンの地(その後イスラエルとなる)で最初に攻略した町です。そしてヨルダン川はバプテスマのヨハネが主イエスにバプテスマ(洗礼)を施した場所であり、主イエスの弟子たちもバプテスマを授けて行くことになる場所です。これらに共通しているのは、イスラエル史上重要な人物たちによる信仰継承の場所となったものだと言うことです。
>>>エリシャの行動を観察する時、彼にはどこまでも師であるエリヤに服従し、最後までエリヤに学び続け、従い続けようとする謙虚さと情熱を見ることができます。もうこれくらいで独立して自分の宣教を始めようと言うような態度は感じさせません。エリシャにとってエリヤは自分の目標ではありましたが、超えることができる師とは見ていなかったようです。
>>>エリヤが天に引き上げられる間際にエリシャの元にエリヤの外套が落ちて来ます。エリヤが意図的にエリシャに最後に譲ろうとしたものなのではないでしょうか。その外套はかつてエリシャを後継者として任命した儀式の時にエリシャに着せた外套でもありました(列王記上19章19節)。帰り際にエリシャはその外套を用いてエリヤ同様にヨルダン川の水を打ちます。その奇跡を行う時、エリシャは「エリヤの神、主」と神にしっかりと照準を合わせて祈る者に変えられています。エリヤの行動だけでなく、エリヤの信仰をしっかりと受け継いでいるエリシャの姿がここにあります。
分かち合いのポイント
・エリシャのように私たちは主イエスを仰ぎ見、どこまでも師と仰ぎ、人生の最後まで従い通していくことができるでしょうか。また、私たちもエリヤのように師と仰がれ、信仰の後輩たちを最後まで導き続けることができるでしょうか。今回の大事なテーマではないかと示されます。
・最後の場面でエリシャがエリヤから後継者としての賜物を譲り受けたように、私たちは主イエスからどのような賜物を受け継ぎ、それを用いていくことができるでしょうか。分かち合いましょう。