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主日礼拝宣教要旨

2015年10月4日「柔和な人々」マタイによる福音書5章5節(斎藤信一郎牧師)

マタイによる福音書5章5節
「 柔和な人々は、幸いである、/その人たちは地を受け継ぐ。」

キリストが語られた最も有名な説教の冒頭部分、9つの幸いの言葉を通して人生における神が導いておられる信仰の9つの成長段階について学ぶことができます。その最初の二つは最も基礎となるものです。最初は私たちの人生にとって必要不可欠な神との正しい関係が欠乏していることに気づき、それを正して天の国に通じる神と共に歩む豊かな人生が導かれるという約束です。次は現実を受け入れられずに苦しみ、悲しんでいる人々に究極の慰めと解決をイエス・キリストを通して与えて下さるという約束です。

これらの祝福を本当の意味で受け取るためには何が必要なのでしょうか。それに答えるのが第3番目の幸いです。「柔和な人」とは自分について過大評価も過小評価もせず、自分が神の御前に罪人であり、イエス・キリストの十字架の贖いなしには救われないことを理解した人のことを指します。マタイ福音書11章29節でキリストは次のように言いました。「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛(十字架)を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。」柔和な人格とはイエス・キリストご自身から来る人格です。このキリストの人格を私たちが得る方法はただ一つです。キリストを信じ、信仰告白をしてバプテスマ(洗礼)を受け、キリストの名によって遣わされる聖霊の助けを受けることです。聖霊こそ、私たちがキリストのように柔和な人格を身に着けていく鍵です。

そして、後半部分にはその人たちは地を受け継ぐとあります。この意味は信仰を豊かに継承していくことができると言うことです。最初の幸いで神との縦の関係を築き、二番目の幸いでキリストから与えられる豊かな人と人との横の関係を築き、聖霊の助けによってそこに築かれた十字架をしっかりと地に打ち立てること。それによりキリスト教信仰の土台が完成するのです。この三位一体の土台からクリスチャンとしての成長が本格的に始まると言えるのではないでしょうか。

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