「主イエスの日々の糧」2015年5月3日 ヨハネによる福音書4章32~34節
4:32 イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。
4:34 イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。
今月は主の祈りの第四の祈り…「われらの日用の糧を、今日も与えたまえ」についてみことばに聞いて参ります。今日の日本のように至るところで食べ物が有り余るほどに存在し、自宅においても今日・明日の食事には事欠かない日常において、第四の祈りを心を込めて祈ることは果たしてできるのでしょうか。そもそも主イエスはどのような意味を込めてこの祈りを日々祈られていたのでしょうか。今月はこのテーマに取り組んでいきたいと思います。今回のみことばは、そうした主イエスが食べ物について持っておられた重要な視点が述べられている箇所となっています。舞台は当時ユダヤ人とは犬猿の仲にあったイスラエルのど真ん中に位置していたサマリア地方においてでした。当時のユダヤ人たちはサマリアを迂回して旅をしていたようですが、今回は事情があって主イエスの一行はサマリアを通ることとなりました。疲れて主イエスが珍しく腰を降ろしたのがヤコブの井戸のひとつと言われていたシカルの井戸でした。そこに水を汲みに来たサマリアの女性に自分が聖書に預言されているキリストだと明かすという異例の場面などもありますが、女性が町の人々に主イエスのことを伝えにいくのとすれ違いに弟子たちが食料を仕入れて戻って来ます。その弟子たちに主イエスは34節の言葉を告げることになります。神の御心を行い、御業を成し遂げることが主イエスの食べ物だと。疲れの中、急ぎユダヤへと移動する中、また通常は敵対していたような関係の人々に対しても主イエスは神の御心と御業を成し遂げることを止めませんでした。それこそ、主の祈りの度に日々主イエスが祈っておられた内容でもあったのではないでしょうか。どんな状況、どんな人にも神の国の福音を証しするために用いて下さいと祈られた主イエスに私たちも従って参りましょう。第四の祈りを日々祈りながら。