マルコによる福音書3:1−6
今回も引き続き「安息日」の問題を取り上げた箇所である。主イエスは安息日に皆と共に礼拝を守るために会堂に入られた。するとそこに「片手の萎えた人」がいた(1節)。身体に障がいがあるというのはもちろん不自由なことであり、当時はなおさらのことだったであろう。仕事がなかったとすれば収入もない。「生きる」という張り合いもなかったかも知れない。様々な意味で苦しみを負わされていたこの人に対して主イエスがどのような対応をするのか、人々は注目していた。具体的には、「安息日」に主イエスが「病人を癒す」という「労働」をするのかどうか、人々は注目していたのである。
当時の「安息日」の規定によると、「安息日」にいわゆる急病や命に関わる症状でない限り、病人の治療をしてはならないということになっていた。そういう意味でこの「片手の萎えた人」は、この「安息日」に癒されなくても、その命に特段別状はなかった。しかし主イエスはこの「安息日」にその人に出会い、目を注がれた。
主イエスはその人に「真ん中に立ちなさい」(3節)と言われた。礼拝の「真ん中に立つ」ということは、人々の注目を集めることにもなり、その人は躊躇を覚えたかも知れない。しかし、主イエスにとってこの「片手の萎えた人」は「礼拝の真ん中に置かれる」べき存在であり、神がまさにそのような人に目を注がれることを示したのである。
そして主イエスは人々に「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」(4節)と問われた。苦しみを担う人を癒すことは「善を行うこと」「命を救うこと」である。主イエスが意図的に当時の禁止規定を逆手に取ったのかどうか分からないが、たとえすぐに命にかかわるような症状ではない身体の障がいであったとしても、その苦しみから解放する「癒し」は当人にとっては「命を救う」ことであると言える。
反対にここでの「悪を行うこと」とは、主イエスを告訴する機会を狙っている人々の「悪意」であり、それは「殺す」ことである。主イエスはいわゆる「山上の説教」の場面で「殺すな」という戒めについて語っている(マタイ5:21−26)。肉体に危害を加えてその命を奪うことだけが「殺す」ということなのではなく、その人が生きることを妨げ苦しめることこそ、「殺す」ことなのである。「安息日に労働をしてはならない」という掟を盾に取り、共に礼拝に集う仲間の苦しみを見て見ぬ振りをするのは、殺人行為に他ならない。このような問いかけに対し、人々は「黙っていた」(4節)。
その様子を見て、主イエスは「怒って」「悲しみ」を表わされた(5節)。我々は主イエスに対してどのようなイメージを抱いているであろうか。聖書は様々な場面で「怒りの人」として主イエスを描き出している。「宮清め」の記事(マタイ21:12-14ほか)などはその顕著な例である。また、ある時主イエスは「偽善者」に対して非難の言葉を語られた(ルカ11:39−44ほか)。「あなたたちファリサイ派の人々は不幸だ。薄荷や芸香やあらゆる野菜の十分の一は献げるが、正義の実行と神への愛はおろそかにしているからだ。これこそ行うべきことである」(ルカ11:42)という主イエスの言葉を「人の痛みを感じて、自然の心をあらわせ」と訳した人がいた。「もとより、十分の一の献げ物もおろそかにしてはならないが」と主イエスも続けているように、もちろん「献げ物」をすることは否定されない。しかし、最も大切なことは「正義を実行すること」と「神への愛」であり、それが全くないままに定められた行いをただ行うだけの者たちを主イエスは非難されたのである。
本日の聖書箇所の場面において、なぜ主イエスは怒られたのであろうか。それは、人々が「片手の萎えた人の苦しみ」という場に立つことなく、「ルール」や「安息日にこのようなことがあってはならない」という「上から目線」で事柄を見ていたからである。苦しみにある人に思いを寄せ、苦しみの傍に立ち、そこから自然に湧いてくる思いに突き動かされて行うべきことを行ってほしい、その事に気づいてほしいと主イエスは願われ、悲しまれた。主イエスの「怒り」は単なる「怒り」ではなく、かたくなな人々の心が神の御心を知ることによって解放され癒されるようにという願いを込めた、「悲しみ」「憐れみ」のこもった「怒り」なのである。
しかし、そのような主イエスの思いや言葉を理解することができない人々は、「どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた」(6節)。彼らは、自分たちが掟によって秩序を保とうとしているユダヤ社会を破壊しようとする存在として主イエスを理解し、そのような存在を消さないことにはユダヤ社会の秩序や存在自体が保たれないという恐れを抱いたのである。ここでファリサイ派の人々は「ヘロデ派」(6節)と呼ばれる人々と共謀しようとしている。「ヘロデ派」とはローマ皇帝によって王とされたヘロデにつく人々であり、その意味では「ローマ支配を受け入れている人々」とも言える。一方、ファリサイ派の人々は「異邦人」であるローマ人にユダヤ社会が支配されていることを快く思っていなかった。しかし、両者とも「イエスを亡き者にしたい」という点において結託し、「イエス」という共通の敵の前で味方になることができたのである。
「イスラエルの民」は神の御心を受け止めて人々にそれを伝えるために神から選ばれた民であるにもかかわらず、神から離れてしまった。そもそも神はなぜ「イスラエルの民」を選ばれたのであったか。「イスラエルの民」はエジプトにおいて「寄留者」「難民」であった。それゆえに彼らはエジプトで奴隷のような扱いを受けなければならなくなった。その嘆きを聴き、神は彼らを憐れまれた(cf. 出エジプト2:23−25)。「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった」(申命記7:6-7)。彼らは神の愛する聖なる民であり、神のみわざを託するために選ばれた民であった。その原点に常に立ち返るべきであるのに、彼らはいつの間にか苦しんでいる者に対する憐れみの心を失ってしまった。聖書全体が「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」(マタイ9:13、12:7)と語っているにも関わらず、それはいつの間にか忘れ去られてしまう。主イエスは単に人々を可愛がるだけではなく、「神の御心を知ってほしい」という怒りと悲しみを持って人々に臨まれた。それがどうしても理解できない者たちは主イエスを亡き者にしたいと願う。既に「十字架の死」がこの場面にも暗示されているのである。