神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。語る者は、神の言葉を語るにふさわしく語りなさい。奉仕をする人は、神がお与えになった力に応じて奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光をお受けになるためです。(ペトロの手紙Ⅰ 4章10−11節)
神は人を自由な意思を持つ者、自分の生き方に責任を負う特別な存在として創造した。人は最終的に神に対して責任を負うのである。神の意志に応えず、神に栄光を帰する責任を投げ出してしまった人は、終りの日に、その罪を問われる神の裁きを逃れられない。しかし、御子キリストが十字架の死をもって人の罪を贖ったので、神は罪を悔い改めて、御子の贖いの恵みを信じる者を赦し、神との正しい関係に回復してくださる。キリスト者にとって、「終りの日」は裁きの日ではなく、神の御国に招き入れられる日である。ペトロの手紙は、御子の贖いの恵みを信じて、バプテスマを受けたキリスト者たちに、御子の高価な恵みに応えて、世の終わりまで、神の善い管理者として、神の栄光のために生きるようにと、具体的な勧めを語っている。;;”67″