マルコによる福音書7:31−37
主イエスは「ティルスの地方に行かれ」(24節)、更に「シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へ」(31節)戻ってこられた。この道のりは短いものではなく、主イエスにとっては弟子たちと長く共に過ごす中でしっかりと対話を持つための旅行であり、またご自身の休息を求められた時であると思われる。
主イエスはそこで「耳が聞こえず舌の回らない人」(32節)に出会われた。この人は耳が聞こえないために言葉を学ぶことができず、話すこともできないという重荷を負わされた人であった。この人は周囲の「人々」によって主イエスのもとに連れてこられた。彼らの願いはこの人の「上に手を置いて」頂くことであった(32節)。福音書には、このように病などを負う人が自ら主イエスのもとにやってくる例も、周囲の人々によって連れてこられる例もあるが、いずれにしても彼らの願いに対して応えるのは主イエスである。
そこで主イエスは、「この人だけを群衆の中から連れ出し」(33節)、一対一の関係を持たれようとした。この姿は我々にとっても非常に大切なことを指し示している。我々もまた、もしかしたら誰かによって主イエスのもとに連れてこられたかも知れない。しかし、大切なことはその先、自分自身が主イエスと一対一で向き合うことである。続けて主イエスはこの人と向き合い、「指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた」(33節)。直接、体に触れるこのような仕草はまるで魔術師のようでもあり、実際、主イエスをそのように誤解していた人々もいた。主イエスは、この人と親しく触れ合いながら一対一で向かい、ご自身に向き合うようにと導かれたのである。
そして主イエスは「天を仰いで深く息をつき」(34節)とあるが、この「深く息をつき」とは「うめく」とも訳せる言葉である。この言葉に「重荷を負う者への憐れみ」が示され、重荷を負う者の苦しみをご自分の苦しみとして受け止め天の父に祈る主イエスの姿が描き出されている。主イエスは「奇跡を行う人」であった。しかし、いつでもどこでも奇跡を行った「スーパーマン」ではなかった。むしろ、主イエスもまた「人の子」として疲れと渇きをおぼえられることがあった。だからこそ、同じ「人の子」である我々の悩み悲しみを知り、それをご自分のものとして共に背負い、憐れんでくださることが可能となるのである。主イエスは重荷を負うものへの「はらわたをちぎらせる」ほどの憐れみの中で、父なる神に呻きながら祈ってくださる。そしてそこに神のみわざがあらわされるのである。今もまた、聖霊の主は我々のために祈りとりなしてくださっている。「同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表わせないうめきをもって執り成してくださるからです」(ローマ8:26)。
「エッファタ」(34節)とは、主イエスの語られた言葉(「開け」を意味するアラム語)そのものであるが、福音書では主イエスの思いや仕草をより直接的に伝えるために、このような表記をすることがある。この人と向き合う中で、主イエスは「言葉の出ない者の呻き」をご自分のものにして神にとりなされた。すると、「たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった」(35節)。この人はその病のために今までは「交わり」を持つことができなかった。しかし、今、「交わり」ができるように変えられたのである。まず与えられたのは主イエスとの交わりである。そして主イエスによって、今まで背負わされていた「交わりができないという重荷」から解放されていく。主イエスのくださった奇跡は「交わりの回復」という奇跡である。それは「他者との交わり」の回復でもあり、何よりも「神との交わり」の回復である。人間の力ではもはやどうしようもない、人間の限界に立たされた時、主イエスのもとに行き、主イエスと本当の意味で「一対一の出会い」をするならば、主イエスはそこで力と奇跡をもって救いをあらわえされるのである。一人の人の「回復」のために、主イエスはどれだけ苦しまれたであろうか。主イエスは力に満ち溢れた超人ではなく、憐れみ深く、人間の悩み苦しみを知る方として生きられたのである。
このような「奇跡」の記事に関して、「本当にこのようなことが行われたのだろうか」とその史実性を問う声は聞かれるであろう。しかし、諸研究はその成果において「確かにイエスは実際に奇跡を行った」と語っている。その根拠となる資料の中には、興味深いことに、主イエスに敵対したユダヤ教指導者たちに由来する文書(95年のラビ・エリエゼルによる文書など)も存在する。彼らは、主イエスが「奇跡」を行われたことそのものは否定していない。そして彼らは主イエスが「悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」(マルコ3:22)と結論付けたのである。主イエスはそのような見解に何度も反論された。主イエスの奇跡は「神の国の到来のしるし」としてのものだったからである。
洗礼者ヨハネが獄中から主イエスのもとに弟子を遣わした場面(マタイ11:2-19、ルカ7:18-35)において、主イエスはご自身のなさった奇跡について見聞きしていることをヨハネに伝えるよう命じた。そして「わたしにつまづかない人は幸いである」と付け加えている。「奇跡」そのものが人々を信仰へ導くとは限らず、むしろ「奇跡」が人々を躓かせることもある。我々は「奇跡を見たから信じる」のではなく、主イエスとの関係の中で、神の愛の支配の中に生かされる「救い」へと導かれるのである。しかし、やはり「奇跡」は我々を誘惑する魅力を持つものでもある。「目の前で神の奇跡が起これば、簡単にたくさんの人が信じるようになるのに」と思いたくなる時がある。しかし、実際には主イエスの時代においても「奇跡を見たから信じた」という人がそう大勢いたのかというと、そうでもなかったようである。奇跡が実際に起こっても、だからといって「イエスは神の子」と即座に認められたわけではなかった。やはり「イエスは神の子、救い主」という告白に至るには、その「信仰」が問われるのである。