こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。
(創世記11章9節)
創世記11章の「バベルの塔」は、紀元前10世紀頃、伝承された出来事から神の言葉を聞き取った人が書いた物語である。
紀元前二十世紀、バビロニア(シンアルの地)は古代世界の中心であり、巨大な建造物があって、「バベルの塔」のモデルとなったジグラートの塔の高さは25メートルに達し、今日、その廃墟は世界の不思議に数えられる。
この頃、人類は建造物を積み上げるレンガと、これを固定するアスファルトを発見した。この発見は技術文明の大きな進歩であった。人々は「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った(4節)。この言葉には、人間が神のようになろうとする自己過信と他者の上に立とうとする欲望がある。しかし、その背後に「全地に散らされることのないように」という人間の不安がある。神は「天まで届こうとする」人間の欲望と自己過信が、人間を滅ぼす危険な行為であると見られた。神は天から降って来て彼らの言葉を乱し、彼らの企てを打ち砕かれた。
現代社会もまた、人の言葉は行き交うが、意思疎通ができないために不信と対立が増幅し、到る所で人と人、国と国の関係が崩壊している。バベルの塔の物語は、対話の混乱と社会の崩壊が、神を斥けて自らが神のようになろうとする人間の自己過信に対する神の裁きであると語る。
聖書は、続く12章からアブラハムの選びによる神の救済史と、イエス・キリストによる人類救済を語る。私たちが交わりの崩壊から救われ、近くにいる人々や、世界の人々と良い関係を築く道は、キリストの愛、アガペーの愛(コリント第一13章)に生かされることによる。;;”259″